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sketch729

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10月30日
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ティル・フェルナーという、オーストリアの若手のピアニストによるベートーヴェンの後期ピアノソナタのコンサートに行きました。

前半の30・31番はほんとうに素晴らしかった。フレーズの描き分けが見事で、歌うところ、囁くところ、力強いところのどこをとっても高い技術に

支えられ、表現の幅が広くて構築性の高い、美しい緊張感を生み出していました。いたるところで強弱やテンポの緩急をグラデーション的に

上手に使って、音楽の合間を上手に繋ぎ、表現にメリハリをつけつつも流れるような展開と両立させているように感じられました。

 

素人の私も、後期のピアノソナタ3曲はCDで100回以上は聴いているので、聴きながら次のフレーズが頭に浮かぶようになっています。

今回の30・31番では、私が「次はこういうフレーズだったな」と思い出した音楽を、そのたびに上回る魅力を加えて演奏してくれたのです。

30番の第3楽章の変奏曲は「もっと聴いていたくなる」と感じるほどあっという間でしたし、他の楽章とのバランスが難しそうな31番の第2楽章も

違和感なく、そこになくてはならない楽章になっていました。曲を曖昧に表現することなく、常に何が主体となり、何が背景となるべきかが

明瞭に意識された表現になっているが故に聴き易く、と言って単純明快で割り切られた表現ではなく、主体と背景が臨機応変に入れ替わる

柔らかい表現に還元しているのが見事だと思いました。

 

ただ、32番に関しては、この曲の難しさを再考したくなりました。この曲は、やはり「未完成なのではないか」という、私の夢想です。

この第2楽章は、後半のシンプルながら美しいパートに比べ、前半部は作り込み不足という意味での未完成的な要素、

(ベートーヴェンが長生きしていたら修正していたのではないかと思うところ)がある気がしてなりません。

この曲の前半は、緊張感をもって弾き通すには演奏家が独自の解釈で何らかのニュアンスを加える必要があるのではないか、と。

その意味で、32番を魅力的に演奏するためには、ピアニスト・音楽家としての経験の積み重ねの成果を問われることになるのではないか、と。

(そのスパイスがないと、あっという間に退屈な音楽になってしまう危険があると同時に、上手に味付けすると非常に美味になるというやっかいな・・・)

 

ティル・フェルナーの32番は、後半は見事でしたが、前中盤は少し淡白な印象を受けました。楽譜には書かれていない何らかの要素を

どのように付加すべきか。フェルナーもまだその答えについては見つけられていない、と私は感じました

 

総じて、ピアニストの世界は一見華麗ですが、求めるところがシンプルゆえに、彼のような技術的にも音楽的にも才能豊かな力を持つ若手が

次々に下から押し上げてくる世界であり、その中を生き残るのは、本当に大変だろうなぁとつくづく感じました。